2025年10月26日日曜日

八犬伝(2024年)

 


邦画はホラー映画以外はほぼ、ロードショーを観に行かない!と決めているためにこちらもCS放送のものを観たが、個人的な感想は、随所随所に味わいどころがあってなかなかよくできており、繰り返し見たいと思う良作かもしれないと思った。

心の奥で現実と虚構のはざまを行き来する、主人公滝沢馬琴(役所広司)。その相棒として、小気味の良いテンポを加えてくれる葛飾北斎(内野聖陽)。現実世界で奥さんにののしられたり体の虚弱な息子を抱えたりとうまくいかない現実世界で暮らしながらも、彼らは虚構を貫く意味を語ってくる。

武士・渡邊崋山が馬琴の居室を訪問し、虚であっても心の中でそれを貫けば、その人の人生は実となるのである、的なことを述べたが、非常に良いことを言っていると思う。

近年は量子物理学の解明も、最近明らかになる部分があるようで、観測者の視点によって、世界も違って見える(不思議なことだが、量子の実験によって証明されているようである)、ということも少し反映されていないだろうか。

それはさておき、芝居小屋で観劇をした馬琴と北斎が、奈落に降りて行ったときにたまたま舞台の修繕?をしていた鶴屋南北に出会った。さかさまになって上階から顔をのぞかせた南北は、暗い光の中で、さながらオバケのようにも見えた。忠臣蔵と四谷怪談を表裏として抱き合わせで上演しているのだが、実は忠臣蔵は虚構で、四谷怪談こそが事実なのかもしれないよ・・、と話しかけるその姿はいよいよ不気味で怖い感じだった。

自分の書いていることは勧善懲悪であり、虚構であるが、果たしてそれでいいのだろうかとふと悩み出す馬琴だが、周囲は人々が暮らすうえで支えとなるので、必要な虚構であると励ます。

四谷怪談が怖いと感じるなら、それは真実だからである、という南北の不思議な発言。心が何かを感じるストーリーは虚構の枠を超えて、心の中では真実、ととらえるといいのだろうか。

そんな中、八犬伝のストーリーも良く描かれている。シノがムラサメを領主に献上したところ、偽物だと非難されて襲われ、反撃するシーンやアクション、美しい巫女姿に扮した犬坂が、射るような目つきで鈴をならしながら迫ってくるシーンなど、演出的にもエンタメとして楽しめる場面がある。

八犬伝そのものばかりを追いかけると意外に内容は微妙なのだろうか、薬師丸ひろ子の里見八犬伝はつけっぱなしで流していたが、ほとんどまともに見ていないまま流してしまった。アイドル女優だった薬師丸ひろ子ばかりがクローズアップされている感がいまいちだったのか、とにかくちゃんと見る気が起きず、そのままである。

こちらの八犬伝も邦画ということで同じ扱いをしたが、なぜか途中で気になって、まじめにみることにしたのでやはり、俳優陣や演出が良かったのか。

最後は馬琴がこの世を去る?的なエンディングとなり、八犬伝の剣士たちにかこまれながらにこやかに光とともに消えていくシーンが、良い感じであった。

2025年10月3日金曜日

映画「怪談 」(1965年 日本)を観ました(アマプラ)

 NHKをつけっぱなしにしていると、ときどき連続ドラマが流れたりしている中、新たに開始する連ドラは、小泉八雲とその奥さんを描いたもの(「ばけばけ」)がスタートするようであった。

小泉八雲の怪談は、小さい時から父が本を見せてくれたり読み聞かせしてくれたことがあったので、なじみはあった。耳なし芳一などもそうだが、むじな、雪女なども有名な作品である。

ネットでどんな作品があったかな、くらいに見ていたらこちらの映画にたどりついたが、60年も前の映画だと、ちょっと感覚がずれてしまって見づらいかなという懸念はあった。物語の進行は、ゆっくりゆったりしていたのでテンポの違いを感じたが、なんとか最後までみることができた。映像は美しかったと思う。

オムニバス形式で、若き日の岸恵子、三國連太郎仲代達矢、中村 嘉葎雄、丹波哲郎らが出演している。

父の本で好きだった話に「和解」というのがあり、最後は一人となった夫が、苔むした家の跡地にたたずむ、といった結末だったと思ったのだが、こちらの映画だとかなり脚色されている。おいて出て行った妻(亡霊)に昔の家で会う、までは一緒だったのだが、なんと、妻の呪いがあり、それに取りつかれて夫も狂い死にするという脚色がされてあった。寂しい、悲しい余韻がこの物語の味わいどころだと思っているのだが、最後に夫が取り殺されてしまうという映画での結末は微妙だった。

また、耳なし芳一の話は、映画だと最後に芳一の琵琶の才能のことが世間に広まり、いろんな人に演奏することで芳一は大金持ちになった、などの結びがあるので、時間の引き延ばしのためなのかもしれないが、なんやらどうでもよい結末であった。原作の方は、最後に耳を引きちぎられるシーンで終わっていたと思うし、こちらのほうが怖さの余韻があると思うのだが。

映画での演出でそこそこ面白いと思ったのは「茶碗の中」であった。原作者が物語の途中で筆を止めてしまい、話がぷっつりと途切れた理由が映画の最後にわかる。作者も茶碗の中に吸い込まれてしまい、水に映る影となってしまったからであった。

製作費が数億円かかっているということであったが、映画のセットや建造物がとてもゆったりとした造りで、色合いは昔なので地味ながらも、映像は美しいと感じられた。