2022年10月24日月曜日

「カラダ探し」を観てきました

 


 水泳大会を風邪で休んだのときっかけに、クラスからはぶられていわゆる「ボッチ」になってしまった主人公の明日香(橋本環奈)。

 体をバラバラにされた怪物「赤い人」の魔力によって、心に隙間のある同級生たちが6人選ばれ、バラバラになった体の断片を、夜の校内を探すことになった。探しきる前に毎回全員が赤い人に殺される。朝起きるとそれは夢だが、前の日と同じ一日が始まり、それが永遠にループしている。夜になるとまたカラダ探しに自動招集されて同じ死闘が繰り返される。

 毎日がループなので、好きなことを、と昼間に海辺で遊んだりして仲間のきずなを深める男女。明日香もすっかりその輪の中に溶け込んでいた。

 恐ろしいことに後半、赤い人が人形のエミリーと合体して巨大化、彼らを食べたりし始める。 そして食べられてしまうと、一夜明けても戻ってこれず、彼ら以外の生徒からも忘れ去られてしまう。つまり、同じ夜をループしていく中、食べられると仲間が減っていくことになる。勝機が減っていくということに、焦りを感じさせられる。

 校内図書室の先生から、彼がカラダ探しの元・経験者であり、仲間への大切な気持ちは残るが、記憶は消えていたという話を聞いた。カラダ探しが終わると、また自分はクラスで独りぼっちとなってしまうのか。

幼稚園からの幼馴染だった同級生から、忘れないしるしであるピンブローチ?を渡され、きずなを深める明日香。やがて怪物から最後のピースを得ることで、カラダ探しが完結する。


 現実世界でもなぜか、全員同じメンツでくじで選ばれ、クラス委員として晴れて集まることになった。そしてピンブローチを見つけたことで、幼馴染とのきずなを思い出す二人。偶然が重なる不思議もあるが、なにもかもがすばらしい再出発のようだった。

が最後に、校内の古井戸の水底に沈んだ古い新聞紙、その小児殺人被害者であった生前の「赤い人」の顔が、明日香の幼いころ(8歳?)の写真と名前に切り替わるラストエンドがあった。これは何を意味するのか。

公開後のレビューが書かれているのを見てみたが、最も同感できる推測は、本当のバラバラ殺人事件の被害者は、明日香であったかもしれない、ということ。「みんなから(ボッチの)私は見えないの」という明日香のセリフも、そう思うと思わせぶりである。そしてこれまでのすべての話は、彼女の作り出した世界だったのだろうか。 絵にかいたような青春、幼馴染との恋愛、素晴らしい偶然による再会、たしかに誰かの願望が再現された世界だったのだろうか?という感じもある。

もっとも、8歳の女の子が殺害されて果たせなくなった夢として、高校生になって学生生活を謳歌したい、という願望を抱くのだろうか?というのもあまりよくわからないが。


話的にいろいろ突っ込みどころはあり、どうして赤い人は、自分の体を探してほしいのに、皆の邪魔ばかりして殺そうとするのか?、井戸の新聞紙は、年数がたっているため古くなって、とっくに溶けてなくなっていそうな感じがするので、元の形状で現存するのは無理なのではないか、などなどある。

が、毎日の繰り返しゲームとなった殺されゲーム、怪物との鬼ごっこや惨殺シーン、なかなかドキドキさせられたりした。青春高校ドラマ的なものはすでに年代的に自分の感覚とはずれてしまっているが、話のテンポはそこそこよかったと思う。