2019年12月22日日曜日
デッドトリガー
格闘系マッチョのドルフ・ラングレンを主演において、なんとか体裁を保てた感じのB級映画、といった感じだろうか。
ゾンビの出し方がちょっととってつけた感が強すぎ、数人~十数人の塊を、今、放したところ?という演出の下手さを少し感じた。
世界的人気のスマホゲームが映画になったということで、題材的には理解できたが、演出的に少し安っぽさが目立ったことは否めない。
2019年12月15日日曜日
ゾンビランド・ダブルタップ
第一作に続く続編だが、ゾンビの脅威・怖さ、日常がどんどん浸食されていく恐怖などについてはあまり感じさせなく、ひたすらゾンビをぶっとばせ、的なノリで映画がすすんでいき、とにかく軽いノリの映画であった。映画的には第一作のほうが新鮮味があって面白かった、という記憶がある。
ウディ・ハレルソンを初めて映画で見たのはたしか、「ナチュラル・ボーン・キラーズ」であったと思う。サウンド・トラックも買ったような記憶がある。(手元にはもうない)ずいぶんといいおじさんになった。やはり、ワイルドな役柄が似合うようである。
2019年12月5日木曜日
ドクター・スリープを観てきました
そしてシャイニングといえば、例の山のホテルが出てこないはずがない。亜人(仮名)を山のホテルへ誘い出して対峙することを決意する主人公。
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1980年制作のシャイニング。主演のジャック・ニコルソンの常軌を逸した基地外ぶり、怪演ぶりがすばらしい。 |
上記は、ホテルゴーストのうちの、双子の少女の亡霊。ほかにもバーテンダーのロイド、ホテルマン、237号室のバスタブばあさん、血の海のエレベーターホール、優雅な音楽漂うゴールデンホールなど、視覚的にも大変象徴的な画像が多く盛り込まれ、名作たるゆえんを感じさせる。(「シャイニング」)
ダニーを演じるユアン・マクレガーさんは、人相だけで良い人感がにじみ出ており、好感しか持てないが、ストーリーの最後に死んでしまうのが残念だった。そして、一作目でジャック・ニコルソンが雪の迷路で凍死した後に、ゴールデンホールの集合写真にしっかり参加して映っているというエンディングだったため、ユアンさんも集合写真に飛び入り参加かと思ったが、今度こそホテルは焼失するという最期を迎えた。シリーズ化は難しいかもしれない。
そして最後に、ユアンと同行していたシャイニングな少女、夕飯前にバスルームに向かうとバスタブおばあさんが待ち構えていたが、待っていましたとばかりに、部屋に入っていったのだが、どういうエンディングだったのだろう。おばあさんの出現にぎょっ、としたが、そこでエンディングとなってしまったので、展開はわからない。が、おそらく仲良く共存しているのか、ユアンのように脳内でボックスに閉じ込めるなどしてしまうのだろう。
シャイニングの名場面やゴーストを一部載せておくことにする。
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主人公を勇気づける?バーテンダー、ロイド。大変ダンディーである。 |
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トイレの手洗い場で雑談を交わすようになったホテル従業員の男 |
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ホラーゲームに出てきそうなワンシーン。少女の亡霊を避けることはできるのか。 |
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おなじみ、血の海となるエレベータホール |
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ダニーが逃げ惑う道すがら、目が合ってしまった客室内の何か。 |
2019年12月1日日曜日
ザ・マミー(2017年メキシコ)
マミーといえばミイラだが、ミイラというよりは亡霊となった死者が、少女のまわりに出現し、怪現象が起こっていく話。
物語の背景にはメキシコの麻薬戦争があり、20万人以上の死者と3万人以上の行方不明者が出ている事実があるそうである。
http://www.labornetjp.org/news/2018/0718negisi
(参考・外務省HPより)
https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pchazardspecificinfo_2019T089.html#ad-image-0
麻薬カルテルを牛耳るギャング団により、親を亡くし、家をなくし、ホームレスとなった少年少女たち。警察もギャング団と結託しているらしく、全く取り締まってくれない。
ギャングの流れ弾に当たり、まだあどけない幼さのある仲間の男の子が、あっけなく死んでしまうのも、実話の流れを汲んでいると思われる。
そんな中で、主人公である少女の母親、被害者の亡霊たちが復讐を望み、それを果たすという話。ホラーという面からみると、ベタな感じもするが、メキシコの麻薬をめぐる惨状を理解するには一つのヒントとなるのかもしれない。
2019年11月25日月曜日
ラストマン 地球最後の男
他のネット上のレビューも1~2くらいとかなり低いが、ストーリーや構成を考えると確かに質は高くなさそうである。WOWWOWで流れている映画でなんとなく録画して後から見たが、眠くなったら今日はここまで、という風に区切りながら見れたり、グダグダな感じのするところはずっと倍速で送り飛ばしながら見ることができたので、強いストレスは感じずに見れたと思う。テレビで映画を見るなら、今後もこの方法が最も良いだろう。
そんな中でのこの映画の味わいどころというと、青白い照明とほの暗さに包まれた主人公の自宅の雰囲気。それと、戦場で助けられずに死亡した戦友の亡霊、途中まで、この人は幽霊なのでは?と思っていたのだが、会話の途中、あれから助けられたのだと本人が言い出して主人公も信じ始め、あれあれ?どっちだろうという疑心暗鬼にとらわれた部分、ここら辺であっただろうか。
ラストマン、という題名があったので、もしや、この主人公をとりまく登場人物が、じつは全員亡霊だったとか、もしくは天変地異で死に絶えてから、この主人公が本当に最後の人類になり、他の人が亡霊化して周りを取り巻くのだろうか?とも思ったが、全くラストマンにはならなかったのである。(最後は恋人と二人でシェルターに避難して新しい生命を授かり、また、仲間との衛星電話もつながるという展開。この映画の題名は、全く意味をなしていない。)
2019年11月20日水曜日
ブライトバーン/恐怖の拡散者
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裏スーパーマン、もしくは、ダークスーパーマン、ブラックスーパーマンと呼べるだろうか。 |
子供ができなかった夫婦が、野山に落ちた隕石から拾った子供だったので、ブランドンはもともと宇宙人だったが、思春期を迎えた彼は自我に目覚め、とうとう人間をやめてしまい、残忍な方法で人々を殺し始めた。
いきすぎた反抗期やその他の事情で親子が殺し合う、というのはまれに起こり、ニュースでも取り上げられているが、この物語はすでに人間同士の戦いではない。
瞬間移動や怪力、飛行能力など、超能力が強すぎて人間とかけ離れてしまった。悪意と敵意を持ってしまった「ブラックスーパーマン」といったところか。
一般論的に、ある日を境に人間と全く次元が違ってしまった場合、ちょっとむかついたから消してしまおう、と人によっては簡単にそう思ってしまうのだろうか?という恐怖感がある。
子供が大人になって、冷静に自分の親を見つめることができるようになったとき、自分もそうであったが親にある失望を感じたり、反発を感じたりするのは時折あることである。が、そうではなく、この映画の両親は何も悪いところはなかったが、子供の悩みや本能をどうすることもできなくなり、子供が結局化け物になってしまったという話。
そして最後のほうで「良い事をしたい」と良い心を見せかけた?少年に、宇宙船の破片を突き刺そうとした母親。この余計な行動がなければ、もしかすると双方が和解し、ハッピーエンドになっていたのだろうか?という感想も抱かせた。
2019年11月9日土曜日
イット THE END
イット・リメイク版の続編で完結編である。
リメイク第一版は2年前であり、それから27年後の設定となるため、俳優はそれぞれ別人が演じているが、それぞれの子役のおもかげを感じさせる配役となっている。
1作目で弟を亡くしたビルの成人後を演じる、Xメンの「エグゼビア教授」を演じていたジェームズ・マカヴォイさんを見て、途中までエグゼビア、エグゼビア・・、と頭で唱えていたが、そのうち物語のほうに引き込まれていった。
イット出現により、現地にとどまっていたマイクに召集をかけられた「ルーサー」たち。集まることなく自殺してしまったスタンリー。それを倒さない限り、自分たちもスタンリーのようにあまり遠くないうちに死ぬだろうと予言するビバリーの警告によって、イットを倒すことになった。
それぞれの思い出を呼び起こすために、一人一人になっている場面でのホラーシーンが怖い。排水溝で助けを呼ぶ弟。手を差し伸べてしまうビルにおそいかかる無数の黒い手。そのほか、ビバリーが訪問した元・実家にいた老婆が人間ではなく、背後をおかしな動作で動く姿が不気味であるなど、一人シーンでの恐怖が濃く演出されている。
逆に、全員でそれに立ち向かうシーンは、ほとんど怪獣映画のようになってしまい、ドタバタ感が強かった。
リメイク第一版は2年前であり、それから27年後の設定となるため、俳優はそれぞれ別人が演じているが、それぞれの子役のおもかげを感じさせる配役となっている。
1作目で弟を亡くしたビルの成人後を演じる、Xメンの「エグゼビア教授」を演じていたジェームズ・マカヴォイさんを見て、途中までエグゼビア、エグゼビア・・、と頭で唱えていたが、そのうち物語のほうに引き込まれていった。
イット出現により、現地にとどまっていたマイクに召集をかけられた「ルーサー」たち。集まることなく自殺してしまったスタンリー。それを倒さない限り、自分たちもスタンリーのようにあまり遠くないうちに死ぬだろうと予言するビバリーの警告によって、イットを倒すことになった。
それぞれの思い出を呼び起こすために、一人一人になっている場面でのホラーシーンが怖い。排水溝で助けを呼ぶ弟。手を差し伸べてしまうビルにおそいかかる無数の黒い手。そのほか、ビバリーが訪問した元・実家にいた老婆が人間ではなく、背後をおかしな動作で動く姿が不気味であるなど、一人シーンでの恐怖が濃く演出されている。
逆に、全員でそれに立ち向かうシーンは、ほとんど怪獣映画のようになってしまい、ドタバタ感が強かった。
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