2026年8月1日土曜日

だあれかさんとアソぼ? を観てきました。

 

こちらのリーフレットのみを見ての鑑賞だったが、途中で流れたあの物憂げな鼻歌の曲を聴いてから、続編だとわかった。

鼻歌のメロディが流れて、あれ、と思ったのだが、同監督(清水崇)作品「ミンナのウタ」「あのコはだぁれ」の続編だということがわかった。

それまでに出てきた、悪霊すぎる少女(高谷さな)の名前は形を変え、「タカヤ様」となっていた。階段を13段登って、13段目で日付と名前を録音すると、タカヤ様がやってきて、その名前の人が死んでしまうという遊び。それに興じた高校生たち、名前を入れられた教師らが、次々と怪死を遂げていく。

染谷将太が演じる高谷さなの弟が、実家の外階段に埋められた姉の死体(ミイラ)を掘り起こし、手にしていたカセットレコーダーを破壊すると、これまでの呪いが解かれていったようであった。

1.家の中の寝室の奥が完全に暗く、奥が深くなっており、いきなり学校の階段になってしまっていたりと、舞台が飛躍して、え??という感じがしたのと、 2.バッティングセンターで、飛んでくるボールの前に立ちはだかって顔も体もボコボコにされたはずの男子高校生が、次のシーンではすっかりきれいな状態の顔に戻ってやってきた奇妙さ、 3.さらに、さなの殺害事件が週刊誌にまで掲載された事件だったようなのに、死体はこっそり外階段に埋められたまま何年間も放置、というのは果たしてできることなのだろうか、といった整合性がちょっと微妙である感じも、なくはなかった。

が、いろんな作品を提供して、視聴者を楽しませ続けてくれるホラー監督の存在は、とても重要である。これからもツッコミを入れながらも、観賞を楽しませていただけたら、と思う。



2026年7月20日月曜日

BRING HER BACK を観てきました

 


ザ・マミー棺の中の少女、を彷彿とさせる感じの、キチガイ中年女による悪魔的儀式と、犠牲にされてしまう子供を描いた、不気味感の強い感じがする映画である。

今回は、里親であるローラが元からオリヴァーを家に置いていて(実は行方不明者を催眠にかけて洗脳し、監禁)、そのうえで新たに養子にアンディとパイパーの兄妹を迎え入れた話である。

パイパーをうまくだまして手なづけ、死んだ娘をよみがえらせるためにパイパーの体を利用するという、狡猾なローラ。

オリヴァーの異常な状態や、家の異常を知ったアンディが里親相談所の係員と一緒に家に戻って調べようとしたところ、二人とも殺されてしまう。父親からの虐待に耐え、養子で妹のパイパーを常に気遣ってかばうというやさしさを持ち続けた、とても人格的に良い兄だったのに、ローラの車にはねられた後に水たまりに顔を押し付けられて溺死するという、本当に幸薄い気の毒な最期であった。

何が何でも死んだ娘を生き返らせようとするローラの執念、冷凍状態のまま保存されている死んだ娘、コントロールにより、恐ろしい自傷行為を続けるオリヴァーの異常性が、ストーリーの不気味な感じを際立たせている。

弱視であるパイパーを演じるアジア系の方は、やはり本人も眼病による弱視であるという特殊な事情があり、目つきに独特な感じがあるが、かわいらしい少女であった。



2026年7月11日土曜日

口に関するアンケート を観てきました

 

主演の板垣李光人さんは、テレビCS放送で見た「八犬伝」で犬坂毛野を演じているのを見て、とても印象に残っていた。身長も男性にしては小柄で、かわいらしい顔立ちから、てっきりジャニーズ系かと思ったが違うようだった。

リーフレットの登場人物らが涙しているので、本当に怖い目に遭っているだろうことを表現している感じが出ていた。

肝試しは、ふざけて行くものではないと思っている。行っても何も起こらないと思い込んでいる方が、見えないものをバカにしすぎている感じがして、心配になってしまう。

学生らは若く、仲間内のノリみたいなもので、羽目を外したがることがある。そんな中での肝試しなので、良くある話と言えばよくあるのだが、後々になってから後悔しても遅い。

仲間内の杏という子が様子がおかしくなった後、行方不明になった。そのあと、その土地にある「呪いの木」に関しての、後から怖い思いをすることになったエピソードを、関係者の面々が、それぞれスマホ録画で話を語る。それを入手して調査する刑事。

霊感の強い女子が図書室にいるときに、背後に首を吊った杏の姿がでてくる、怖い演出もある。

が、なぜか途中で杏が実在しないことになってしまい、不思議展開にポカンとした。これは呪いの作用でそうなってしまったのだろうか。それとも最初から実在していないのが事実なのだろうか。そこのところはよくわからない。

結局、呪いの木のところに行ってしまった関係者がおそらく全員、木のところで首をつって死んでしまっている。そして、中村獅童演じる刑事も、情報仕入れのために接触した記者の男(柄本 時生)の去った後に、木のそばでたしか、「死ね!」などと悪態をついたが、その直後に見えるものが変化している。書類写真に、なかったはずの人物の顔が見え始めたようだった。口から発した言葉によって、刑事も呪いを招いてしまったのだろうか。



2026年6月27日土曜日

Michael/マイケル を観てきました

 


マイケルの実の甥(兄のジャーメイン・ジャクソンの息子)である、ジャファー・ジャクソンがマイケルに扮して演じ切っている。

映画が終わるころには、マイケルの面影も感じさせてくれるジャファーさんの顔にも、かなり親しみがわいた。

伝記映画ということで、マイケルの半生が描かれていた。支配的な父ジョセフと、彼から受けた心の傷、子供時代の喪失など、受けた被害も大きいが、ジャクソン兄弟たちを音楽の道にすすませたのも父だった。

はじめは、インディアナ州・ゲーリーという製鉄所のあるところで父が働いて生計をたてていたようだったが、「おまえは、貧乏黒人のままでいいのか。」とマイケルに言っていた。父はそこから脱出したかったのだろう。住む場所、仕事、黒人、と最初の時点だと、当時のアメリカ社会の中では、あまり恵まれていなかったという背景が感じられた。

アーティストとして成功し、大人になったマイケルは、父からの独立を目指すようになり、身辺護衛のビルから、弁護士を立てると良いという知恵を授かる。そこから父に反撃を開始した。
数々のメガヒット曲を生み出しながらも、家族との軋轢、心の傷、撮影中のケガ(死因にもなったと思われる薬の投与が始まる原因)と一生続いた後遺症など、光と闇の対比も描かれ、どちらをとっても心に深く残るものだった。

私の世代はマイケルのリアルタイム世代で、「スリラー」のミュージックビデオを見た時に、初めてマイケルの存在を知った。それが出た時は、これはすごいと何度もビデオ録画を見直したものだった。踊りも素晴らしく目を見張るものがあったが、ガールフレンド役の女の子がかわいい、とか、それをマネして踊るんだという人がいたりと、話題性もあり、記憶違いでなければ、渋谷のセンター街でもスリラーの音楽が流れていた、という記憶もある。

マイケルのカッコよさも目を引いた。中性的だが人を引き付けるルックス(鼻の整形後でイケメン化も完了していた)、長い脚がクルクルとステップを踏み、ダンスも圧倒的にうまく、わあ、と思いながら見ていた。(子供時代からも圧倒的な歌唱力を持ち、すでに開眼していた感があった。)

私は、マイケルの東京ドームコンサートにも行っている(飽きっぽい私はすでに大ファンではなかったが、連れて行ってもらった)。残念ながら会場のキャパシティが大きすぎてマイケルが遠く、米粒のようだったので、もっぱら見ていたのは、会場内に設置された巨大スクリーンであったが、それでもリアルタイムで見ることができたという、とても良い思い出となっている。

映画の中で、所属していた宗教団体の教義に沿わないため、「スリラー」のMVがお蔵入りになりそうだったというエピソードあったが、このMVがあってこその華々しい世界デビューだったのではないかと思われた。

マイケルの華やかな表側の面を見ていただけのリアルタイム時代だったが、亡くなってから裏の側面をネットで知るにつけ、かわいそうな気持ちにもなってしまった。(お金があったが気がいいために、近づいた者に詐欺に近いことをされて、騙されたりたかられたりもあり、そういった苦労もあったようだ)が、世界一きれいな心を持っていたと思われ、俗物とかけ離れていた、そういう面でも素晴らしい人だったのだなあと改めて思った。

映画は途中のエピソードで終わってしまい、これは続編が出ること間違いなしだと思ったのだった。




2026年6月12日金曜日

ネバーアフターダークを観てきました

 


ある洋館のオーナー(木村多江)から、霊障の問題を解決に向かった霊能者(穂志もえか)。夜になると、廊下の戸棚の戸をガリガリとひっかき始める、人ではないもの。そういうものへの不気味感も良く描かれている。

一連の騒動を巻き起こしたのはある変質者の男だったのだが、その男も、自分の生霊によって半殺しの目に遭うという展開だった。

途中、オーナーの息子(賀来賢人)へのなぶり殺し的な殺人や、過去の被害者たちが歯を抜かれていく映像が、手にした歯を通して見えてしまったおぞましさ、警官を罠に誘う、怪しさ満点な手振りの異様さなども描かれ、猟奇的変質者的な、犯人の様子にもかなりぞっとさせられる。

霊もそれなりに不気味で恐ろしかったりするが、生きている人間も恐ろしい。それが良く描かれている作品である。


2026年6月5日金曜日

プラダを着た悪魔2 を観てきました

 


前作とはなんと、20年も間が空いているようであり、テレビの再放送で1はちょっと見たような気分になっていたが、前作の説明があまりないまま続編が始まってしまった感じで、前作の設定を思い出すのにちょっと苦労した。

とにかく、ファッション業界のおしゃれな感じ、都会の雰囲気、そして今作は、イタリアも舞台となって、イタリアの自然や街並み、素敵なパーティ会場の景色、きらびやかな衣装など、いいとこどりの風景が広がっていた。

レディ・ガガもファッションショーを演出する一翼を担ってかっこいいパフォーマンスを演じていた。やはり、歌がうまいなあと感じた。

そして、登場人物が20年を経た今も、あまり老け込んでいない(特殊メイクなみの努力はしているかもしれないが)ので、びっくりした。風景の美しさ、物語の構成、ファッションの美しさや登場人物のカッコよさと、さすが、夢の世界である。

ミランダ(メリルストリープ)の衣装で、黒字にさまざまな色のストーンをほどこした衣装が、キラキラ感があって、いいなあと思った。


ザ・マミー 棺の中の少女 を観てきました

 


往年の名作で、ブレンダン・フレイザー主演シリーズの「ハムナプトラ(原題・The Mummy)」とは多分、別物。

こちらは完全にホラーで、かわいらしかった少女が誘拐されて、ミイラに仕立て上げられてしまうという恐ろしい物語。

呪いのために完全に妖怪と化し、家族たちにも呪いを感染させたりと、恐怖に陥れる。

https://www.google.com/search?q=%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%9F%E3%83%BC+%E6%A3%BA%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%A5%B3&rlz=1C1FHFK_enJP1154JP1154&sourceid=chrome&ie=UTF-8

ひたすら不気味な外見、したたる体液などのおどろおどろしさ、やがてはエクソシスト映画のように念動力でものを動かして人を襲いだすという、モンスターを相手とした、ハリウッド映画らしい展開となったのは、ああいつもの感じだという感想である。

最後はハッピーエンドというほどではないが、ミイラの呪いをかけた元凶の女が捕らえられ、逆に呪いを転移されて、被害家族らがなんとか呪いから解放されるであろう、という結末であった。


2026年5月20日水曜日

ゼイ・ウィル・キル・ユー を観てきました

主演のザジー・ビーツさんは、見た目からどのような血統なのかわからなかったが、アフリカ系xドイツ系の血統のハーフのようだった。


 10年前に生き別れた妹を訪ねて、メイドとして潜入したマンション。そこの主人たちは悪魔と契約しており、(毎年だっただろうか)一人につき一人、いけにえにささげることで、生きながらえて永遠に死なない、という契約で永遠に生きる、悪魔崇拝者たちであった。

首をはねても再接着したり、吹き飛ばして粉々にしても、残っている体から新しい首が少しづつ生えてきたりと、ユーモラスな感じもするが、伏魔殿マンションのエアーダクト的な通路をはいずって逃げていくハラハラ感、怪人たちとやり合うアクションシーンなど、いろいろな場面が流れていく。

見どころは、入れられていた刑務所内の受刑者同士でやり合うことで、鍛えぬかれたとされる主人公の戦闘能力で、怪人たちを逆にぶち殺していく爽快感だろうか。一歩間違えればやられてしまうというのもあり、メインキャスト全員がケガをして、バイオレンス的で血も流れたり、画像も汚い感じがしなくもないが、ストーリー展開はそれなりに良かっただろうか。

映画観覧の途中でマルフォイの人に似ている、と一瞬思ったが、ハリーポッターのマルフォイ役を演じたトム・フェルトンが、怪人の一人を演じていたというのが、あとで調べて納得できた。

すでにいいおじさんで、子役時代のマルフォイとはずいぶん雰囲気が違う。



2026年5月17日日曜日

清水ミチコ万博 ひとりPARADE 2025.1月2日 @日本武道館(WOWWOW)を観て

 


清水ミチコさんは、素顔もとても素敵だが、いつもなんだかふざけてやらかしたい、と言わんばかりの雰囲気に満ちていて、TVで見かけるとそれが印象的な人である。

人を見ると冷やかしたくなる、というのが清水さんの原動力となり、面白おかしいものまね芸となるようである。

実際にまとめた長編版を観たことはなかったが、たまたまTV番組でライブ版を見ることができた。

特に面白かったのは、故・瀬戸内寂聴さんと、モノマネ岡本太郎(松尾スズキ)さんとの対談に臨む黒柳徹子さんのモノマネだった。Creepy NutsのBling Banban Bornの曲に合わせた、寂聴さんの支離滅裂な説教、モノマネ岡本太郎もなかなかの爆笑ものだったが、それに対応する徹子さんの態度のモノマネもおかしく、無言でジーッと凝視するところも笑えるものだった。

他にも、実の弟や、木村光輝さんというブルース歌手も共演したり、1970年代のヒット曲のモノマネも非常にうまく、何よりもピアノが大変上手で素晴らしく、大変に多芸であると思われた。が、何よりもとにかく、いつも何かやらかしそうな雰囲気が、大変気になり目を離せない人であると思う。


2026年4月15日水曜日

ジュラシック・ワールド/復活の大地




スカーレット・ヨハンソンや、マハーシャラ・アリなどの人気俳優が出ているが、シリーズにマンネリ感がでてきたのだろうか、ストーリーのメリハリ感、目新しさ感が少し弱い感じもした。

家族でのんびり行きたそうな雰囲気の中、ヨットでのクルーズでいきなり出没しだしたモササウルスやスピノサウルス。海中の巨大なヒレを見て「まだ生き残っているのなら」などと悠長なことを言い出し、クルーズが命に係わるほど危険なものだと認識してこなかった家族らに驚きである。

シーンごとには、印象的な部分もあるので、記載することにした。海竜たちに襲われ、なんとか島に突っ込んで上陸したのだが、そこでも早速砂浜で襲われてしまう。以下のスクショは、まるで昔のポリゴンゲームのように、あれよあれよという間に立体化して目の前に立ちはだかる障害物またはモンスターのような、スピノサウルスの出現の仕方であった。

浜辺の岩かと思いきや、起き上がり、あっという間に仲間の女性を襲って海に引きずり込んでしまったというシーン。あっけにとられてしまうと同時に、なんだか夢をみているかのような海辺の風景である感じがした。

1.ただの海辺の岩としか思えない

2.鎌首をもたげ始めた

3.まさかのスピノサウルスの出現

4.(たぶん)荷物ごと持って行ってしまったようだった。仲間がかけよるも、すでに海の中へ。

周辺の空気も薄くけむり、なんだか、夢の中のような幻想感もあったので、切り取ってみた。



 




2026年3月2日月曜日

ブゴニア を観てきました

とある大きな会社を経営する女性社長、彼女は実はアンドロメダ星人だということだった。

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エマ・ストーンが女社長を演じているが、どうもエマ・ストーン(ララランド、ゾンビランド、アメイジング・スパイダーマンなどに出演)とマーゴット・ロビー(ウルフオブ・ウォールストリート、バービーなどに出演)がごちゃ混ぜになってしまっていたが、それぞれ別の人である。

単なる思い込みの激しい男が、従弟と一緒に社長を誘拐し、自分の家の地下室に監禁するという話なのかと思いきや、後半から雰囲気があやしくなってきた。宙に浮く誘拐犯の母親の状態はどうみても普通ではなかったが、異常な点はそのくらいかな、と思っていた。

やがて、自責の念に駆られた従弟は、猟銃自殺をしてしまったが、頭が弱いばかりに誘拐犯の共犯にさせられ、化学薬品接種による「去勢」をさせられて心は落ち込み、プレッシャーに耐えられなくなってしまったという成り行きだったが、純粋そうな子供のような目をした彼が、自殺してしまったのは意外にショックでかわいそうであった。

さておき、ストーリーは流れて、逃げ出した社長が会社のそばで誘拐犯につかまり、社長室?のところまで誘導する。ワープ室だと言ってクローゼットの中に招き入れ、爆死させる。(誘拐犯の男は母親の復讐の名のもとに、被害者を虐待し、従弟を不幸にするなど悪いことをしすぎだったので、大変スッキリした。)

そこまではまったく、アンドロメダ星人を思わせる描写はどこにもない。が、搬送中の救急車から抜け出した社長の行く先は、宇宙船であった。そこで、人類の実験の失敗を告げ、人類の時間の終了を告げて地球ドームの模型?の天蓋を割った瞬間、全人類が突然死してしまうのであった。エゴに満ちて自分のことしか顧みず、人をだまし、陥れることばかりした人類は、アンドロメダ星人に絶望されたという結末。(宇宙船の中もいたって平凡で、予算的にはとても低予算映画な気がする。)

動画サイトに世界の終わり方を述べているストーリーがあり、その一つは、いきなり時間が止まってしまう終わり方を紹介していた。ちょうどこの映画のラストシーンと雰囲気が似ていると思ったが、今のところは単なるSFである。死ぬことへの恐怖はそれほどはないのかもしれないが、死に方は選びたいと思うので、いつ死んだかわからない死に方は、ある意味良いのではと思った。

犯人の母親が残した言葉に、「毒を食べさせ、病気にして、治療する。このマッチポンプで全部の部分で金もうけをする」といって女社長の製薬会社を?否定していたと思われたが、現代の闇をにおわせる一言なのではないかと思った。




2026年2月11日水曜日

ランニング・マン を観てきました

 

家族を助けるために、仕事にあぶれた男は、ランニング・マンに応募した。

会社の労働組合に、放射線の被害を友人のために告発したために、要注意人物として解雇された主人公。人道的に正しいことをすればするほど、経営者(資本家・支配層)に目をつけられて、虐げられていく社会。

そんな彼の娘が病気となり、薬代も稼ぐことができなくなっていた彼は、TVショーに出演させられて逃げ、追跡者たちの襲撃をかわして生き残ることで、大金を手に入れられる職業「ランニング・マン」に応募した。

テストで多くが脱落していった中、残ることができたのはいいが、暗殺者(ハンター)からの追っ手を逃れながら一日一度の生存報告もやらなくてはならない。監視システムも作動されており、そこから居場所を特定されるかもしれないのだが、とにかく危険がいっぱいで二人いた仲間たちも順番に殺されてしまった。

数々の潜伏先を転々としながら、AI画像による自分の偽画像を見させられたり、悪者に仕立てられたりと、ハイテク化の進む現在、画像はあてにならないものだと思わされる。

当局のウソまみれの支配、弱い物いじめの政策にうんざりとした一般大衆に声援を送られるようになった主人公。テレビを消してウソ情報から解放されるようになった多くの人たちが立ち上がり、TVショーを壊し始めた。

というあらすじだが、AI化もすすみ、これからいろいろなものが監視されるのではないかと言われている社会を、ある程度予告するようなものを感じた。


2026年2月2日月曜日

ファイブナイツアットフレディーズ2 を観てきました

 

今回は、4人のお人形以外に、「マリオネット」という新たなオバケも出てくる。

フレディーズの姉妹店が以前存在し、そこで女の子が殺害されたというが、呪いがかかってマリオネットにその魂が憑依してしまい、4人の人形を操り始めるという筋書きだったと思う。

楽しい娯楽施設の裏側には、暗くて怖い、子供をどこかに連れて行ってしまう人さらいがいる。そしてエンターテイメントのためのぬいぐるみも、どこか不気味で恐ろしい。そんなアメリカ的な怖い妄想を元に、良く作りこんだホラーストーリーである。


2025年12月4日木曜日

ミーガン2.0

 

日本では劇場公開されず、アマプラのみで視聴可能。

https://www.google.com/search?q=%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B32&rlz=1C1FHFK_enJP1154JP1154&sourceid=chrome&ie=UTF-8

あらすじとしては、今回は、開発者ジェマがミーガンに不信感をいだきながらも、悪のロボットアメリアを倒すために、ミーガンと手を組むという話。

クリスチャンはAIの危険性を訴える使命をもつ財団を運営しているが、実はアメリアを操っていた張本人。アメリアを使って世界を乗っ取ろうと思っていたのだろうか。

アメリアは、財団スタッフの制御から離れ、殺人機能を持つマザーボードを拠り所として手に入れようとするが、ミーガンがそれを阻止する。今回はミーガンは完全に善側の立ち回りだった。

最後にミーガンは、アメリアともども破壊されたと思われたが、ネット上に自身のデータバックアップをとっていた。一時的に体がなくなってもネットがある以上、AIは不滅である。


人間とAIの決定的な違いは、魂があるかないか、そこらへんだろうか。人間は欲深く、成り行きで起きてしまったいろいろなことをどうにかするために必死で生きる、ということで色んなものを発展させてきた。

人間がいなくなってAIやAIロボットしかいなくなったとしたら、問題が解決してしまい、人間のような欲望やエゴ、生殖本能がないと、増殖することも発展することもなくなってしまうかもしれない。それとも、AIに自発的な意識が芽生えて、自身が神様のようになったら、機械生命体のようになるのだろうか。生きる意味は、AIに見出すことはできるのだろうか。できない場合は、ただのマシーンとして存続を自分で決める以外になさそうな気もする。


2025年11月1日土曜日

死霊館 最後の儀式 を観てきました

 


https://www.google.com/search?q=%E6%AD%BB%E9%9C%8A%E9%A4%A8+%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%84%80%E5%BC%8F&rlz=1C1FHFK_enJP1154JP1154&sourceid=chrome&ie=UTF-8


今回は、霊能力者のウォーレン夫妻の娘・婚約者も登場する。娘が誕生するときのエピソードも描かれていたが、若い年代にさかのぼるために他の俳優を起用しており、いつもの夫婦役の二人ではなかった。良く似た雰囲気の俳優で、全編リキャスティングしてしまったのだろうか、どうせ別人を使うのなら、見た目を似せる意味はあまりないかなと思った。

が、やはりいつもの二人が大きくなった娘と登場して、ああこの二人でなきゃいけないなと安堵してしまった。

そして、娘を付け狙う悪霊的な存在、いわくつきの鏡を骨とう品店で購入した結果、ひどい心霊現象に襲われだした8人家族たち、それらがその怪奇現象の家に集結し、娘も家族らと、その呪いの鏡と正面対決することになった。

欧米の映画はとにかく、「モンスター」というはっきりした存在を前面に打ち出す傾向が強い。もちろん悪鬼の顔をした亡霊が突然出てくるととても怖いが、日本の心理的な怖さを描いたものとは味わいが違う。

シーン別で特に怖いなと思ったのは、結婚が決まりウェディングドレスの試着室に入った後、電話応対のために店員さんが出ていき、娘が一人、試着室に取り残されたシーン。部屋の照明も、真っ暗な中にスポットライトがともる配置の部屋で、周囲が真っ暗で、ミラーハウスのように合わせ鏡に囲まれた部屋。これは出る以外にない、と思った矢先、やはりオバケが出てきた。

お母さんのウォーレン夫人が、もしもヘンなものが見えそうになったら、それを見ないようにするための歌?呪文のようなものを、娘に教えた。

ありえない不気味なものが見えてしまう怖さが、良く描かれている。https://www.youtube.com/watch?v=-MDskUpY7P8 「ルーシーが財布をなくした、キティが見つけた。中にはお金が入っていなくて、リボンの縁飾りだけ。・・あなたは、そこにいない。」(幽霊に対してだろうか)なんだか脈略もない不思議な呪文だが、そんなものでいくら封じても、出てくるものは出てきてしまう。その回数が頻繁になるほど恐怖も増し、問題の大きさがわかってくる。

霊能力者はやはり、自分の能力を否定するのはできない運命だろうか。どうせ見えるのならと腹をくくり、困った人を助けるというのを使命としながら生きていくのが天命だと思われる。


2025年10月26日日曜日

八犬伝(2024年)

 


邦画はホラー映画以外はほぼ、ロードショーを観に行かない!と決めているためにこちらもCS放送のものを観たが、個人的な感想は、随所随所に味わいどころがあってなかなかよくできており、繰り返し見たいと思う良作かもしれないと思った。

心の奥で現実と虚構のはざまを行き来する、主人公滝沢馬琴(役所広司)。その相棒として、小気味の良いテンポを加えてくれる葛飾北斎(内野聖陽)。現実世界で奥さんにののしられたり体の虚弱な息子を抱えたりとうまくいかない現実世界で暮らしながらも、彼らは虚構を貫く意味を語ってくる。

武士・渡邊崋山が馬琴の居室を訪問し、虚であっても心の中でそれを貫けば、その人の人生は実となるのである、的なことを述べたが、非常に良いことを言っていると思う。

近年は量子物理学の解明も、最近明らかになる部分があるようで、観測者の視点によって、世界も違って見える(不思議なことだが、量子の実験によって証明されているようである)、ということも少し反映されていないだろうか。

それはさておき、芝居小屋で観劇をした馬琴と北斎が、奈落に降りて行ったときにたまたま舞台の修繕?をしていた鶴屋南北に出会った。さかさまになって上階から顔をのぞかせた南北は、暗い光の中で、さながらオバケのようにも見えた。忠臣蔵と四谷怪談を表裏として抱き合わせで上演しているのだが、実は忠臣蔵は虚構で、四谷怪談こそが事実なのかもしれないよ・・、と話しかけるその姿はいよいよ不気味で怖い感じだった。

自分の書いていることは勧善懲悪であり、虚構であるが、果たしてそれでいいのだろうかとふと悩み出す馬琴だが、周囲は人々が暮らすうえで支えとなるので、必要な虚構であると励ます。

四谷怪談が怖いと感じるなら、それは真実だからである、という南北の不思議な発言。心が何かを感じるストーリーは虚構の枠を超えて、心の中では真実、ととらえるといいのだろうか。

そんな中、八犬伝のストーリーも良く描かれている。シノがムラサメを領主に献上したところ、偽物だと非難されて襲われ、反撃するシーンやアクション、美しい巫女姿に扮した犬坂が、射るような目つきで鈴をならしながら迫ってくるシーンなど、演出的にもエンタメとして楽しめる場面がある。

八犬伝そのものばかりを追いかけると意外に内容は微妙なのだろうか、薬師丸ひろ子の里見八犬伝はつけっぱなしで流していたが、ほとんどまともに見ていないまま流してしまった。アイドル女優だった薬師丸ひろ子ばかりがクローズアップされている感がいまいちだったのか、とにかくちゃんと見る気が起きず、そのままである。

こちらの八犬伝も邦画ということで同じ扱いをしたが、なぜか途中で気になって、まじめにみることにしたのでやはり、俳優陣や演出が良かったのか。

最後は馬琴がこの世を去る?的なエンディングとなり、八犬伝の剣士たちにかこまれながらにこやかに光とともに消えていくシーンが、良い感じであった。

2025年10月3日金曜日

映画「怪談 」(1965年 日本)を観ました(アマプラ)

 NHKをつけっぱなしにしていると、ときどき連続ドラマが流れたりしている中、新たに開始する連ドラは、小泉八雲とその奥さんを描いたもの(「ばけばけ」)がスタートするようであった。

小泉八雲の怪談は、小さい時から父が本を見せてくれたり読み聞かせしてくれたことがあったので、なじみはあった。耳なし芳一などもそうだが、むじな、雪女なども有名な作品である。

ネットでどんな作品があったかな、くらいに見ていたらこちらの映画にたどりついたが、60年も前の映画だと、ちょっと感覚がずれてしまって見づらいかなという懸念はあった。物語の進行は、ゆっくりゆったりしていたのでテンポの違いを感じたが、なんとか最後までみることができた。映像は美しかったと思う。

オムニバス形式で、若き日の岸恵子、三國連太郎仲代達矢、中村 嘉葎雄、丹波哲郎らが出演している。

父の本で好きだった話に「和解」というのがあり、最後は一人となった夫が、苔むした家の跡地にたたずむ、といった結末だったと思ったのだが、こちらの映画だとかなり脚色されている。おいて出て行った妻(亡霊)に昔の家で会う、までは一緒だったのだが、なんと、妻の呪いがあり、それに取りつかれて夫も狂い死にするという脚色がされてあった。寂しい、悲しい余韻がこの物語の味わいどころだと思っているのだが、最後に夫が取り殺されてしまうという映画での結末は微妙だった。

また、耳なし芳一の話は、映画だと最後に芳一の琵琶の才能のことが世間に広まり、いろんな人に演奏することで芳一は大金持ちになった、などの結びがあるので、時間の引き延ばしのためなのかもしれないが、なんやらどうでもよい結末であった。原作の方は、最後に耳を引きちぎられるシーンで終わっていたと思うし、こちらのほうが怖さの余韻があると思うのだが。

映画での演出でそこそこ面白いと思ったのは「茶碗の中」であった。原作者が物語の途中で筆を止めてしまい、話がぷっつりと途切れた理由が映画の最後にわかる。作者も茶碗の中に吸い込まれてしまい、水に映る影となってしまったからであった。

製作費が数億円かかっているということであったが、映画のセットや建造物がとてもゆったりとした造りで、色合いは昔なので地味ながらも、映像は美しいと感じられた。

2025年9月21日日曜日

8番出口 を観てきました

 


https://www.google.com/search?q=%EF%BC%98%E7%95%AA%E5%87%BA%E5%8F%A3&rlz=1C1FHFK_enJP1154JP1154&sourceid=chrome&ie=UTF-8

原作は、シュミレーターゲームからきているもので、それを映画化したということであった。

人物の登場や声の発生なども、「異変」事項のはずなのに、ことごとく無視するなあ、というのが気になった。異変への気づきがなさすぎて、すぐに振り出しに戻ってしまうという感じであった。

主人公のニノ(二宮和也)さんが、通り過ぎる男を「オジサン」とするのはいいとして、ニノもすでにオジサンの年齢なんだなあと思った。

途中から登場した幼い少年は、あどけなくてかわいらしいが、目元はかなり整っていて、もう少し成長すると、かつてのジャニーズタレントによくいそうな、典型的な美少年になるのかもしれないと思われる。

ニノは結局、8番出口から現実世界にもどり、子供たちを大事にして、彼女の子供も守りたいという気持ちが芽生えたというハッピーエンドで、終わり方はまあ平凡でベタな感じであった。最後のエンドロールの出演者のところに、ユーチューバーのヒカキンの名前があったが、どこで出演していたのかさっぱりわからなかったが、声での出演だったらしい。

「オジサン」の怪演が一番光っていたと思う。また、映画よりも実際のゲームの方が、映画よりもストーリーに不気味さや味わいどころがあるかもしれないので、後から調べてみたい。

2025年9月18日木曜日

カラダ探し THE LAST NIGHT を観てきました

 

元子役の鈴木福くん、本田望結ちゃんの姉のまりんちゃん、なども出演。前作から出演の、千葉真一の息子さんの眞栄田郷敦(まえだごうどん)さんは、ハーフっぽいイケメンである。(窪塚洋介さんの息子さんかと思ったら違った)

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昼間の楽しい高校生活と、夜の不気味で恐怖に襲われる毎日のコントラストが、ストーリーにメリハリを与えている感じもあるが、多くの美男美女をとりそろえ、高校生活を楽しむぞー、といった青春映画的な雰囲気もある。

こちらの作品で、新たなロジックが展開した。カラダ探しを終わらせても、人が書き換わるだけで、次のフェーズに入るだけだということだった。主人公(橋本環奈)が前作の最後から、赤い石の部屋に飛ばされ、石の女と会話したところ、赤い石を破壊することでそのループが解けるということだった。

赤い石を破壊したところ、石の女(木村佳乃)だった女は、新たな設定に書き換えられて、赤い人であった少女を殺した殺人犯になってしまっていた。ということで、今回のカラダ探しが終了したあとは、石の女にされそうだった主人公が、殺人鬼にされてしまうオチなのだろうか。

いろいろな設定に関する細かい説明がないので、そういうものだと思っておく。

気持ちの悪いシーンが多かったが、まあよかったと思えるのが、ゴードンさんが赤い人を火だるまにしたり、ゴミ収集車のミキサーに投げ込んだりしたところが(これも十分残虐なのだが)あまりに残虐で悪の塊だったそれを葬り去るという点で、完結させる意味を感じさせる、すっきりした感じがあった。

他の人のレビューを見たところ、青春映画に傾いているとか、赤い石が安っぽい、監督は何を目指したかったのだろうか、などの辛口レビューが多く見えたが、確かにそういう印象はある。ホラー一色、暗鬱とした空気が終始ただよう正統派ホラーとは異なり、カジュアルにホラーしましょう、的な雰囲気もある。

ただ、ホラー映画ファンとして、お化け屋敷のようなものに入り、つかの間の楽しみを得たいという安直なスリルを楽しむなら、わーっ、とかきゃーっ、という心のリアクションをしながら楽しんで見れるのではないかと思う。ただし、ホラーだから見たのであり、美男美女をそろえただけの、ただの青春映画だった場合は100%見ていない。

2025年8月31日日曜日

ジュラシック・ワールド/復活の大地 を観てきました

 

画像のように、今回も様々な形で襲い掛かってくる、恐竜ホラー。

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製薬会社の依頼で、各指定恐竜からサンプルの血液を採取するという高額報酬の仕事の誘いをうけた主人公。(スカーレット・ヨハンソン)Xメンのアクションヒーローを演じたりと、その流れで今回の出演にむすびついたのだろうか、十数年前からさほど老け込まずに、良かったと思う。

海中から襲い掛かってくるのはサメ映画と一緒だが、さらにパワフルだし、数も多く、なんだかわけのわからないうちに海中に投げ出されて、食べられてしまいそうな感じである。

砂浜から海中に走っていく、水陸両用の恐竜だったが、いきなり方向転換して襲い掛かってくる恐怖。

川ではティラノサウルスに襲われ、崖では翼竜、建物内に逃げ込んでも様々な恐竜が追いかけてきて、登場人物にはまったく心身の休まる部分がない。というか、命がいくつあっても全く足りないだろうと思う。極めつけは、ヘンな頭の形(エイリアンに似た)の突然変異的な巨大肉食恐竜が、空中の闇から現れる。 

救助のヘリも呼んだが、それも恐竜の襲撃にあって墜落炎上してしまった。が、なぜか岸辺にモーターボートがおいてあるという話が出て、最後の望みの綱となった不思議展開。

進行中は徐々に仲間が食われ、怖い展開が続いたが、私利私欲に走って仲間を陥れようとする悪役の男が終盤に殺され、家族らと、主人公と良心的な科学者の男性が助かるというベストメンバー生き残りパターンで、なんとかハッピーエンドを迎えた。